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ドイツ発 雨宮の迷走ニュース

ちょっと尖ってるらしいオピニオン系ブログ。海外生活やライフハック、その他ニュースなど。

わたしの人生、投げ出してばかりだった。それでも学んだことがある

ライフハック
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わたしは、中学校で吹奏楽部に入った。1年ちょっとで辞めた。
高校では弓道部に入りたくて、弓道部がある高校に行った。1年半で辞めた。
大学ではバンドサークルに入ってたんだけど、これまた2年で辞めた。
スノボサークルにも入ってたけど、半年で辞めた。

ドイツの就職活動も、結果がでずに辞めた。

ドイツの大学も、劣等感に勝てずに辞めた。


わたしの人生は、辞めてばっかりだった。

 

暗黒の中学部活時代

中学1年生の夏、香川から東京に引っ越した。合唱部だったけど、転校先の中学校には合唱部がなかった。最初に仲良くなった子たちがみんな吹奏楽部で、ピアノ弾けたし、「んじゃいいかな」って感じで吹奏楽部に入った。


フルートを希望して、初心者なのにすごくうまいって褒められた。でも結局人数の都合でクラリネットになった。転校生あるあるだ。


クラリネットは3年3人、2年1人、1年がわたし含め4人。2年の先輩は3年と仲がよくて、先輩グループと1年生グループって感じだった。

でも1年生グループに、わたしは入れなかった。

3人とも「グループ意識」が強い子たちで、よそから来た転校生なんてお呼びじゃなかった。

でもわたしは、自分ひとりが出来ないのがいやで、まじめに練習した。10月に中学の合唱祭があって、吹奏楽部はそこで演奏する。1年にとってははじめての表舞台。

足を引っ張らないように必死だった。そしたら、他の1年生よりうまくなってたらしい。

みんなは夏休み中もずっと「プー」ってロングトーンの練習をしていたのに、よそから来た転校生はすぐに曲の練習を許された。それがいけなかったようだ。


わたしは他の1年生からも孤立した。

ひとつ言っておくと、わたしはハイパー社交的フレンドリー人間だ。


転校も慣れていたし、人見知りなんて人生で1度もしたことがない。
「馴れ馴れしい」と言われることはあっても、「おとなしい」「引っ込み思案」なんて言葉とは縁がなかった。

でも、部活ではそうはいかなかった。わたしは友達がいなくて、部活中1度も口を開かないなんてことも多かった。

部活の人たちは、わたしはものすごくおとなしくて、無口で、暗い転校生だと思っていた。

友達に裏切られた

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でもクラリネット1年生の中で、同じクラスの子がいた。仮に花子としよう。
花子はわたしを吹奏楽部に入れた張本人だった。

わたしと花子はクラスでも仲がよくて、教室移動なんかも一緒にしていた。
でもその子は、部活では「自分のテリトリー」を守って、わたしを入れてくれることはあんまりなかった。

それをちょっと残念に思いつつも、「まぁ花子には花子の友達がいるし」と深く考えなかった。

花子は確か学級委員で、転校生のわたしの面倒を見てくれた。
クラスでも部活でも一緒で、下校も一緒だった。

友達ができてよかったと思った。


でも、それはあっさりと崩れ去った。花子がわたしの悪口を言っていたのである。

「あの子ってまじうざいよね~。あの子友達いないからしょうがなくさぁ。本当にだるいんだけどw」

……知らなかった。
花子はわたしを「うざい」と思っていたのだ。

部活でほぼ唯一と言っていいくらい仲のよかった子は、わたしのことを嫌いだったんだ。

めちゃくちゃ落ち込んだけど、ちょうどそのときパーカッションの子と仲良くなり始めていて、その子がお昼ごはんに誘ってくれたり、教室まで遊びに来てくれたりしていた。

その子のおかげで部活は辞めずにすんだ。

でも仲がよかった子に、「嫌いだけどしょうがなく」一緒にいてもらっていたことは、すごく悲しかった。

しかもその子にしか言っていなかった好きな人もばらされていた。

中学生、思春期まっただなかのわたしにとって、「好きな人」は国家機密と同レベルの重大な秘密だった。

わたしはもともと気が強いので、悲しみがすぐに怒りに変わった。
呼び出して、どれだけ怒ってるかを淡々と説き続けた。

相手が泣いていようが許しを請おうが、わたしは怒っていた。

そしてシカト攻撃を開始した。
でもじめじめしたいじめは嫌いだ。

わたしは堂々と、「影で悪口を言われていた上、好きな人をばらされた。お前が嫌いだ。シカトする」と宣言して、同じクラリネットパートであるにも関わらず、シカトを開始した。

そこらへんの時系列で、3年生の先輩が引退した。

引退する時に手紙を交換するんだけど、先輩はわたしのことを何一つ知らなかった。そりゃそうだ。わたしは暗くて地味な転校生だったから。

手紙では、「まじめに練習」「いつも真剣」なんて言葉が並んでいた。

何ヶ月も毎日顔を合わせていた先輩がわたしの性格を何一つ知らないほど、わたしは部活で浮いていた。

先輩の引退後、偶然マックで1人の先輩と会って、話し込んだ。
先輩はわたしがテンション高い人間だと知って、心底驚いて、「部活で話さなかったのはもったいなかった」と残念がってくれた。

わたしと花子とは上下関係が変わり、下克上を果たした。
パーカッションの子のおかげで、部活では話す相手ができた。
さらに3年生がごっそりいなくなったことで、1人だった2年生の先輩と仲良くなった。

部活で少しずつ、笑うことが増えた。

 

それでも、やっぱり辞めた

2年生になり、部活が苦痛ではなくなってきた。
むしろソロなんかもらっちゃって、やる気も出てきた。

でもその半年後、わたしは困っていた。

パート(楽器別)練習でいつもかまってくれていた先輩が、引退するのだ。

しかもパートリーダーが、花子になる。
まぁ花子は優等生キャラだったから、わたし含め他の適性のなさを考えると、当然だった。

花子はわたしにおびえていた。

半年以上経っても、わたしは花子を許せずに、同じパートなのに会話することがなかったからだ。

引継ぎのために、先輩の引退前から花子がパート練習を仕切り始めた。
でもわたしには指示を出せない。そりゃぁね。

パート練の空気は一気に悪くなった。

先輩がいなくなれば、パート練でまた孤立してしまう。

入ってきた2人の後輩とは仲がよかったけど、その2人は幼馴染でいつも一緒だし、先輩がその間に入るのもおかしな話だ。

そういえばもともと、わたしは合唱部だったはず。
楽器は好きだけど、吹奏楽が好きなわけじゃなかったことに気づいた。

先輩が辞める日、わたしはパーカッションの子にだけ伝え、誰にも知られずに先輩と一緒にひっそりと引退した。

子どもの部活動を応援することが夢だったお母さんには言い出せなくて、事後報告になってしまった。

 

突如孤立した高校部活時代

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いやー高校もひどかった。ネタが尽きませんなぁw

わたしはその頃犬夜叉がすきですきでしょうがなくて、特に桔梗が好きだった。病んでる系キャラが好き。

だから高校は、弓道部がある学校に進学した。そして迷わず弓道部に入った。
中学の時のように転校ではなかったから、ふつうに馴染むことができた。

弓道部は先輩が後輩とペアになって教えるというやり方だったから、先輩ともすごく仲がよかった。

そこでわたしはナナ(仮)と仲良くなった。
同じクラスで、部活で分けられる縦割りでも同じグループだった。
最寄り駅もとなりだったから、ずっと一緒にいた。

ナナはちょっと気が強かったけど、気が合った。

さらにユミ(仮)とも仲良くなった。
その子はちょっと気が弱いところがあるけど、天然ですっごいおもしろい子だった。

わたしとユミは親友と言っても差し支えないくらい、いつも一緒にいた。


高校1年生の秋まで、わたしは部活がすきだった。

 

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でもやっぱり辞めた

これはわたしがいけなかったと思う。

部活は全然強くない弓道部で、コーチなんかもいなかった。ただ弓を引いていただけ。ほんとに。

朝は6時に起きて、7時半から朝練。ジャージのまま授業を受けて、午後練。その後に自主練という名の強制練習があった。

歯車が狂いだしたのはこの辺。
わたしは自主練に出なくなった。

朝も午後も練習するんだから、もういいだろって思った。


月曜から土曜の朝から晩まで部員と顔を合わせるんだけど、うちの代は「みんなでどっか行く」ことがすきなようで、しょっちゅうマックやら31やらに行っていた。

転校が多かったわたしは、同じメンバーと顔を合わせ続けるのがストレスだった。

グループは最高でも4人までしかムリ。同じ人たちと大所帯で行動するのは、すごく苦手だった。

そして午後練のあと、バイトをはじめた。バイトと言えば、自主練に出ない理由ができる。バイトは週2だったけど、そこからわたしは、バイトを理由に、自主練に出なくなった。

それでも朝練や本練はちゃんと出ていた。だから、堂々としていた。
風向きが変わったのは、2年生になってから。

わたしは1年の時から仲がよかった気の強いナナと、1番仲良かった親友ユミ、さらに気が強くて感情型のカナと同じクラスになった。

必然的に4人グループになり、春の遠足もこの3人と一緒だった。

3人のことは好きだったけど、部活でもクラスでもずーっと一緒で、本当に疲れてきた。3人が悪いんじゃないんだけど、飽きてきてしまった。

そして他クラスで仲良い子を増やし、休み時間はいろんなクラスに遊びに行った。

それが、感情型カナのお気に召さなかったようだ。

もともと気の強いナナと、天然な親友ユミとは仲がよかったけど、カナとは特に仲がよかったわけじゃなかった。
カナは仲間意識がすごい強くて、一緒にいないわたしを仲間はずれにしはじめた。

わたしは休み時間ちがうクラスに行く→友達なのになんで?→そっか友達じゃないんだ

という思考回路っぽい。
これに関してはわたしは理解できないけど、まぁそういうことだった。

そこで悩み始めたのが、天然のユミ。
ユミはわたしを親友だと思っていてくれて、わたしもそう思っていた。

平和主義のユミは、わたしが孤立していくことに心を痛めつつも、どうしようと悩むだけだった。

そしてあろうことか、天然な親友ユミは、気の強いナナと感情型カナに相談した。
「うちはあの子が好きだけど、あの子はうちのこと嫌いになっちゃったのかなぁ」と。

そうすると、感情型カナと気の強いナナは、正義感を発揮。
「ユミは悪くないよ! 悪いのは全部あの子だよ!」

袂を別った。

わたしはクラスでも部活でも、仲間はずれにされた。部活でも、カナとナナが明らかにわたしに敵対心を向けてきた。

ユミはわたしとまた仲良くしたいという手紙を何度かくれたが、教室でひとりぼっちのわたしに声をかけてくれることはなかった。

いままでは「なんとなく疎外」されていたのだが、明らかな「ハブ」になった。
高校生にまでなってまたこんなことになるなんて、と愕然とした。

面倒くさいのは嫌いだ。

中学の時と同じように、そんなときちょうどちがうクラスで仲が良い子ができた。その子は今でも1番仲のいい親友だ。現親友との出会いだった。
その子がわたしを一人にしないために、毎日クラスにきてくれた。

そのときちょうど修学旅行前で、わたしは弓道部グループに入れてもらえず、おこぼれで仲間に入れてくれていたグループに入った。

それを知ってたから、その現親友はちがうクラスにも関わらず、修学旅行中は自分のグループから離れて、ずっとわたしと一緒にいてくれた。

いま思い出しても涙が止まらないほどつらかったけど、その子と友達になれて本当によかったと思う。

修学旅行後、わたしは元親友ユミと話した。


友達だって言うんなら、孤立した時に助けてほしかった。自分はナナとカナと仲良しのポジションをキープしておいて、友達なんて言うのはおかしい。

クラスでも部活でも、本当にわたしのことを友達だと思ってるんなら、放っておくのはおかしいんじゃない?

そう言った。

ユミは本当に良い子だけど、気が弱くて不器用だった。そんなことを言ってもしょうがないのに言ってしまって、結局泣かせた。

「うちは仲良くしたいけど、他の2人が嫌って言うから……。でもうちはいつでも話したいと思ってるよ! いつでもうちらのグループにおいでよ」

と言われた。

「ああ、この子は待ってるだけで、親友って言ってたわたしのために何かしようとは思わないんだ」と悟った。

「もう部活辞めるかぁ……」と決めた。

ユミという親友を失い、わたしはこれまた中学校の時と同じように、部活で仲がよかった男の子1人と部長にだけそれを伝え、新年射会でひっそりと部活を辞めた。

そして他クラスにいた現親友と一緒に登下校し、同じ塾に入った。

 

失ったもの、学んだこと

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中学校でも、高校でも部活を辞めた。
大学ではサークル2つ辞めてる。

わたしの人生は、本当に投げ出してばかりだった。

友達だと思ってた人にかんたんに裏切られて投げ出した。
中学校の時親友だと思っていた子も、高校の時親友だった子も、結局失ってしまった。

 

お母さんは、子どもの試合の応援っていうのに憧れていた。

合唱部でも吹奏楽部でも、お母さんはコンサートに来てくれた。弓道部の試合はムリだったけど、朝練のために早く起きるわたしに、毎日お弁当を持たせてくれた。安くない矢を買うときも、快くお金を出してくれた。

それなのにわたしは、投げ出してしまった。友達とうまくいかないって理由だけで。

本当に本当に申し訳なかった。親不孝をしたといまでも申し訳なく思う。
そんなわたしだけど、それで学んだこともあった。

それは、「誰かが助けてくれた」ということ。

中学校ではパーカッションの子、高校では修学旅行で仲間に入れてくれた子と、現親友。みんな今でも友達だ。

わたしは本当にしょうもない人間だけど、助けてくれた人がいた。
それは一生忘れない。

みんなすごく優しくて、何も聞かずにただわたしを一人にしないでいてくれた。

その子たちには、これからもずっと友達でいてほしいし、その子が困ったらわたしは全力で助けたいと思う。

 

結構は自分が逃げていただけだった

いろんな理由で、いろんな人とすれ違った。
そのときはわたしなりにちゃんと理由があって、相手にも理由があったんだと思う。

でもいま思い返してみれば、みんないいヤツだった。
あ、中学校の時裏切った花子は今でも許してないけど。陰口を叩いている人間は嫌いだ。

中学校の時、転校した先の部活でうまく馴染めなかった。 
でもいま思えば、最初は声をかけてくれていた子はいた。

それでもわたしが、「いままであっただろう空気を壊したくない」と思って、ただ傍観してただけだったから、声がかからなくなってきた。ノリがちがうっていう根本的問題もあったけど。

パート練習でも、みんな優しく教えてくれていた。
それでもみんなが曲練するときに吹くマネしか許されなかったから、わたしは一人で練習するようになってしまった。

あの時積極的にみんなを理解しようとすれば、きっと辞めなかったんだと思う。
でもわたしは、一人になる道を選んでしまった。

高校のとき、わたしは自分の考えの足りなさを悔やんだ。


元親友ユミは、ごたごたがあった後も、わたしのことを親友だと思ってくれていた。でもわたしが黙って部活を辞めてしまって、すごく長い手紙で謝り続けた。

「そこまで悩ませてしまったのはうちだから、何度謝っても足りないけど、また仲良くしたい」って書いてくれた。

そのとき、部活には戻らなくても、「もういいよ」と許してあげて、自分も自分勝手な振る舞いを謝ればよかった。

そしたら今でも、ユミとは親友だったかもしれない。

でもわたしは、「何もしてくれなかったのに何が友達だ」と思って、これ以上責めるのはやめようと返事を書かなかった。
そこからユミとは、卒業するまでほとんど話すことはなかった。

そして驚いたんだけど、辞めたときに、部活のメンバー何人かがわたしに手紙やメールをくれた。

正直、「いたら話すけど、同じ部活じゃなかったら別に話すこともない」という位置づけの子たちだった。

その子たちは、「何かあったんだろうとは思ってたけど、何もしてあげられなくてごめん」「みんなで引退したい」と書いてくれていた。

もう部活は辞めていたし、戻る気はなかったけど、みんなの優しさに感動した。 

わたしが相談していたら、この子たちはきっと本気で心配してくれたんじゃないかと思う。
でもわたしが、誰も頼らなかったから、逃げ出したから、この子たちにも嫌な思いをさせてしまった。

辞めたことを聞いて、引退したあとの先輩が教室まで来てくれたこともあった。
「そんなことになってたなんて知らなかった」ってすごい悔しそうに言ってくれた。

みんな、本当に良い人だった。
わたしが逃げ出したからうまくいかなかっただけで、本当はみんな優しい人だったんだ。 


わたしは親友で同じ塾だった現親友と成人式に行った。
そのとき、弓道部の面子を見かけた。

普通に手を振って過ぎ去ろうと思ったら、「写真撮ろうよ!」と言ってくれた。そこには元親友ユミ、感情型カナ、気の強いナナもいた。

3人とも、快く迎え入れてくれた。

時間が経ったのもあるけど、誰かから聞いた話によれば、カナもナナも、部活を辞めさせたのは自分だと思っていたところがあったらしい。
わたしが逃げ出したのがいけないのにね。


みんな実は、良い子たちだったんだ。
正面からぶつかれば、みんなと分かり合えて、みんなと引退できていたはずなんだ。


でもわたしはそうしなかった。
わたしはかんたんに逃げ出してしまった。

 

投げ出したけど、得るものがあった

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辞めないですんだ分岐点はいくつかあった。それでもいままた同じ状況だったら、わたしは部活を辞めるだろう。

そのときは、本当にいっぱいいっぱいだったから。

「何かを途中で辞めること」は 「放り投げること」だから良くないという風潮がある。


どんなに辛くても、どんなにきつくても、やり遂げることに意味がある。そういう考え。間違ってはいないと思う。

でもね。

誰だって、やれるならやるさ。
辞めなくてすむなら、続けるよ。

でも、ムリな時だってあるんだ。
もうがんばれない。もう行きたくない。もう逃げ出したい。

そんなときは、がんばらなくたっていいと思う。

投げ出したことで、得るものもある。

あのまま一人でがんばっていたら、わたしはいまの親友を得ていなかっただろうし、人が優しいってことも知らなかったかもしれない。

結果として、後悔や辛い思い出もぜんぶ含めて、いい経験をしたと思ってる。
投げ出したことは決して褒められることじゃないし、胸を張れることでもない。

でも、それによって学べたことがあるから、これからは逃げる前に人と向かい合おうと思う。そうやって成長していくんだと思う。

いま何かを投げ出したい人。
何かを投げ出したことを後悔している人。

いろんなことから逃げ出した人間でも、がんばって生きてます。

長々と読んでくださって、ありがとうございます!