読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ドイツ発 雨宮の迷走ニュース

ちょっと尖ってるらしいオピニオン系ブログ。海外生活やライフハック、その他ニュースなど。

「褒めて育てる」でダメになった日本の若者。欧米を後追いするのはやめよう

教育
このエントリーをはてなブックマークに追加

スポンサーリンク

今日は東洋オンラインの「褒めて育てる」でダメになった日本の若者という記事。
これは賛否両論ありそうですねぇ~。 

 

欧米を真似て、褒めて育てる教育を推進

20年前から、褒めて育てる、という風潮になったようです。
わたしはちょうどその世代なので、「褒めて育てる」という風潮がはじまった時に生まれた感じですね。

欧米では子は親とは別の個人として厳しく育てられながら、褒めていいところは褒める。日本では考えられないが、欧米人はそれを言わないと愛情を感じられない。

日本人には心理的な一体感が形成されているので言葉なしでも通じる。
その文化の根底の違いが加わって「褒めて育てる」はさまざまな歪みを引き起こす。

褒めて育て、成績では厳しく競わせない。
態度や関心でのプロセスを評価するとなると、ついつい自分に対していい態度を取る人に対して評価を高くしてしまう。

日本人はとかく関係性で動くから、大人の社会の人事評価自体もうまくいっていないが、それが学校にまで持ち込まれた。グローバル化が進む中で、せめて学校では実力主義でやるべきだと思うのだが。


欧米のように、褒めて育てる、いわば「言葉で伝える」っていう教育は日本に合わないんじゃないかっていう論調ですね。

欧米は言葉でちゃんと褒める分、子どもも自分の意見をちゃんと言葉で伝えなくてはいけません。
言葉をツールとしてのコミュニケーションですね。

でも日本は、同じ空気を感じて、その空気を介してコミュニケーションしていました。そこに「言葉」という道具を持ち込んで、褒めるようになったわけです。

すると、「褒める」と「みんな一緒」の考え方が一緒になって、「猫かわいがり」の状況になってしまったようです。


褒められることに慣れて、挑戦しない若者たち

あーわたしですねぇ。褒められて伸びるタイプってやつでしょうか。

中年以上には、逆に父親は厳しかったという人が多い。文化がはっきり変わってきたのだ。

無言のうちに一体感があって、はっきり言われなくても親の愛情は感じる文化から、厳しさ抜きの“エセ欧米流”が取り入れられて褒めまくる。


「褒めてくれないと自分たちはめげる世代だ」と言う若者も多い。学生時代はそれで通るかもしれないが、社会に出てそれが通るわけがない。

そういう若手社員は、うちの上司は褒めてくれないからモチベーションが上がらない、命令してくるからムカつく、さらには人間として対等な立場なのだから、人にモノを頼むのなら上司はお願いすべきだとさえ言い出すようだ。

褒められ続けると、その状態を維持しなければいけなくなってくる。
難しい課題にチャレンジしたら失敗するかもしれない。褒められ続けるポジションから落ちたくないから、確実に褒められる得意な課題に限って取り組み、難しい課題は初めから避けるようになってしまう。


これはありますね。「ゆとり」と揶揄される理由です。

まぁ上司に頭下げろとは言いませんが、「事なかれ主義」が蔓延しはじめたのは、褒めて育てた結果なのかもしれません。


褒められすぎたんじゃなくて、怒られ慣れてないだけ

本気で怒られた記憶って全然ないな……。

しかられたり注意されたりすることで自分のどこがまずかったのか、いわば失敗を糧にすることができる。それを修正することで人は成長してきたはず。

ところが、今の多くの親たちは価値観をなくした戦後の人たちに育てられたから、軸がないまま子育てし、子どもに対して壁にも、鑑にもなれない。
子どもは子どもで、何でも褒められ肯定されるので、未熟なまま、頑張らないままできてしまっている。


ただおだてられて育てられてきたから、がつんとやられたらぽしゃんとなる。だから自己肯定感は低い。 現実に大学でも会社でもちょっと注意すると傷つく若者が増えていて、うっかり注意できない時代になってしまった。

がつんとやられても、自己肯定感が強かったら自分に自信があるから簡単には潰れない。
本当の自信をつけさせるには、子どもを信じて鍛える体当たりの子育てから始めるべきではないか。何でも褒めてしからない子育てではダメだ。何かの折に褒めることは当然ある。


ふむ。ちょっと無理やりな言い方な気もしますが、まぁわかります。
怒られ慣れてないんですよね、わたしたち世代。挫折しなれてない。


ハングリー精神がないんでしょうね。野心というか。