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ドイツ発 雨宮の迷走ニュース

ちょっと尖ってるらしいオピニオン系ブログ。海外生活やライフハック、その他ニュースなど。

今日は復讐禁止令が出された日。復讐はなぜいけないのか。

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はい、ネタが浮かばないときの「今日は何の日シリーズ」です。助かるわ~。

今日2月7日は、明治政府が「復讐禁止令」を出した日です。これによって、法的に「復讐」は認められなくなりました。 

武士の復讐は、「仇討ち」と言ったほうがしっくりくるかも。

 

復讐はなぜ禁止されたのか

侍が日本を支配していた時代は、君主や両親の仇討ちが多く行われていました。忠臣蔵ですねぇ。
武士の階級では慣習として公認されていたみたいです。

社会の秩序の保全から、国や地域社会などの公の部分が犯人を裁き処罰するという国家的公刑罰権の確立が近代国家の基礎である。

それゆえ仇討ち禁止令は必然的な政策であったが、そのきっかけが、1871(明治4)年、和歌山県高野町神谷で起きた「高野の仇討ち」といわれている。

事件は1862(文久2)年、播州(現兵庫県)赤穂藩で起きた。
重臣・村上真輔(しんすけ)が反対派の集団に殺されたことから、4人の遺児が9年後、父を殺した6人が高野山に向かうのを知り、待ち伏せて殺したのである。

当時は廃藩置県で藩制度は消滅しており、仇討ちも禁止の方向にあったことから、村上兄弟には、殺人罪として死刑判決を下されたが、後に禁固刑に減刑され、結局、5年後に釈放された。

つまり、明治初年の仇討ちには、幕末から維新期の派閥、政論の対立による暗殺とその報復という面があったところから、この種の紛争を断ち切るためにも、明治政府は仇討ち禁止を打ちだしたわけである。

もとより、不平等条約(日米修好通商条約)改正のための近代国家の証としても野蛮な仇討ちは早急に禁止する必要があったとう側面もある。

 仇討ち禁止令



薩長が牛耳っていた社会では、仇討ちを認めると命が危なかったのかもしれませんね。
明治政府としては、江戸時代(将軍の元)で培われた慣習を撤廃したかったのかなーと思ったり。


にしても、仇討ちは野蛮なのかぁ。
まぁイギリスなんてこの決まりの40年くらい前に産業革命迎えて、近代化に舵切ってますからね。そう考えれば、「古臭い」考えでしょう。

でも武士としては、仇討ちで忠義を尽くすことができると考えられていました。なんかルールもあったみたいですけど。仇討ちの手順とか藩からの公認を受けるとか。

詳しく知りたい人はNAVERまとめを見てみてください。
このサイトでは壮絶な復讐を果たした一人の男のストーリーが紹介されています。すごいな……。


まとめると、「近代化を進めるため」「幕末のしがらみを断ち切ること」が理由でした。


復讐はいけないことなのか

さて、武士にとって美徳ともされていた復讐は、いけないことなんでしょうか。
うーん、難しいですねぇ。

武士の時代では「忠義」という大義名分がありましたが、基本的には「私怨」です、復讐なんてのは。
それを認めてしまったら、なんでもありになっちゃう。だから社会的には認められない。その代わり刑法で人を裁くことになってる。


でもさ、もし自分だったらどうなんだろう。


東野圭吾さんの「さまよう刃」は娘を殺された父親の復讐の話で、ものすごく考えさせられました。

お父さんが娘のため、娘をもてあそんだ犯人たちを殺していくんです。
法律としてはお父さんは殺人者。犯罪です。それも最悪の罪です。

でも、お父さんの気持ちがわかってしまうんですよ。わたし娘側だけどさ。

もし自分に何かあったら、お父さんもこんな気持ちになっちゃうんじゃないかなって。いや、なるでしょうね。お父さんにもお母さんにも、とても大切にしてもらったから。


娘さんを殺した犯人を、法律で裁くこともできたでしょう。
それでも、それじゃお父さんには足りなかった。犯罪者に優しい国ですしね、日本。

そのお父さんの行動は「正しくはない」けど、理解できる。
とても悲しいです。


復讐は駄目だけど、それ以外ないこともある

わたしは幸いなことに、復讐してやる……! というほどに悔しい、憎いという気持ちになったことはありません。

だから「復讐なんて何ももたらさないよ」って言えます。そういえば金田一少年の事件簿って、犯行動機が復讐率めちゃくちゃ高かったなぁ~。

実際、復讐してもむなしいだけだと思います。

憎いって気持ちをずーっと燃やし続けてるのは、相当な体力と精神力が必要です。それこそ人生棒に振るレベル。うちはサスケの話じゃないですけど。


とはいえ、その「さまよう刃」なんか読んじゃうと、それ以外に方法はなかったのかもしれない、とも思ったりするわけです。

だって、一人娘をさんざんもてあそばれた挙句に殺されてるんですよ。
法律でたとえ犯人が死刑になったとしても、「気が晴れない」んじゃないかな。だから自分で「娘の無念」を晴らしたかった。


復讐によって気が晴れるかはやったことがないのでわかりません。
でも、「もう復讐しかない。自分で仇をとる」っていうほど追い詰められれば、そう思うかもしれない。

一概に「復讐は何も生まない!」なんてのは、きれいごとに思えますね。


多くの人間が社会で共存していくために、人を罰するルールとして刑法があります。「私怨」である復讐は認められません。理由があっても人を殺してはいけないとなっているんです。

とはいえ、心情的に理解できる復讐はあります。認められはしませんがね。
日本の法律はもっと厳しくていいと思います。