雨宮の迷走ニュース

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毎日が人生の岐路。とりあえず、なんて言ってられない

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わたしは今年25歳になるんですが、自分でもふしぎな感じです。あっという間ですねー……。

 

高校生のときは、「20代半ばって女の盛りだって言うし、社会人ってなんかすごいよなぁ」と思っていたんですが、女盛ってませんし、社会人、いわゆる勤め人にもなりませんでした。

 

本当に、紆余曲折を経てきたと思います。遠回りばっかりでした。

 

でもそんな時期があったからこそ、いま、強く思うことがあります。それは、毎日が人生の岐路だということです。

 

毎日が人生の岐路

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大げさな表現ですが、わたしは毎日が人生の岐路だと思っています。

 

「どこで勤めるか」「結婚するか」「親と同居するか」「子どもは」「家は」みたいな大きな決断ももちろんですが、とりとめのない、毎日の生活のなかでも、たくさんの岐路があるんです。

 

毎日、それこそ毎分のように、「どっちの道に進むか」という選択が迫られます。それはとてもちっぽけな選択に見えますが、わたしは、それも人生の岐路だと思うんです。

 

小さな選択が人生を変える

毎日、小さな選択に迫られます。

赤いTシャツを買うか、白いスカートを買うか、なにも買わないか。こういう、小さな選択です。

 

でももしかしたら、白いスカートを買って、次の日着たらコーヒーを持っているイケメンにぶつかって、スカートが汚れるかもしれません。そして、「おわび」とかいってデートするようになって、結婚するかもしれない。

 

正直気乗りしないけど、断る理由もないから、と受けた仕事で、編集の方と気が合って長い付き合いになって、いい執筆先を紹介してもらって、一躍有名ライターになるかもしれない。

 

「ドラマみたい」って、笑いますか? 「ありえない」と思いますか?

 

でもわたしは、こういう「小さな選択」の積み重ねで、人生が変わっていくと思うんです。

 

人生の岐路は細道かもしれない

「人生の岐路」って言うと、道がふたつに分かれていて、どっちかに進むならどっちかを諦めなきゃいけない、みたいなイメージがありますよね。

 

ですが、そうでしょうか。

人生って、もっと複雑で、複合的で、無限の可能性を持っていると思うんです。かんたんに、「こっちかあっち」では済まないこともあるはずです。

 

たとえば女性なら、「結婚して仕事を辞める」「結婚せずに仕事を続ける」という岐路に立たされたとします。多くの人は、そのあいだで悩みます。

でももしかしたら、よぉ~く見てみたら、「転職して時短で働く」「フリーランスになる」みたいな細道・横道があるかもしれません。

 

人生の岐路っていうと、「ふたつにひとつ!」って思いがちですが、人生なんて無限の可能性を秘めているわけですから、横道や獣道なんかもあったりすると思うんですよね。

 

人生には地図がありません。その場その場で、見つけた道にふらふらと迷い込んでいく旅です。(カッコイイこと言った!?)

 

そう考えると、いまあなたは、「雨宮の記事を読む」という道を選択してくださったわけですよね。ふわっと読んだら案外いい記事で、なんか気分がスッキリ……。そしたら仕事でトントン拍子に成績が上がって昇進……。

 

なんてことが「ない」とは言い切れないのが人生。毎日、毎分人生の岐路を迎えているわけです。

 

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とりあえず、の人生はイヤだ

そう考えると、「とりあえず就職」「とりあえず結婚」「とりあえず残業」「とりあえず謝る」みたいなのは、絶対にやめた方がいいです。少なくともわたしは、そう思います。

 

段取りの段階で、「とりあえずこっち優先」とかって言うならわかりますが、「とりあえず就職」なんてまるで理解できません。

 

人生の選択で「とりあえず」って言うのは、多くの場合、「一番太い安全そうな道を選んどけ」ってことです。

ちょっと回りを見回せば、「それなりに舗装された道」「いばらの道」「獣道」「細くてウネウネしてる道」みたいな選択肢がたくさんあるにも関わらず。

 

それでも、「一番安全そう」って言って太い道を選ぶのが、人生においての「とりあえず」です。

 

でもその道は、もしかしたら狼が待ち伏せしてるかもしれないし、信号ばっかりでなかなか進めないかもしれない。落石で足止めをくらうこともあるでしょう。

 

そう考えたら、「『とりあえず』ってなに?」って話ですよ。

 

入り口から見たら、安全そうで、信頼できる道です。でもそれが、最善の選択肢とは限りません。それなのに、「安全そうだから、『とりあえず』行ってみろよ」ってけしかけてくる人がいる。

 

進んでいくうちに竹やぶに入って迷子になって戻れなくなることだってある。それなのに、「『とりあえず』行け」なんてことをおっしゃる。

 

人生には、本当にたくさんの道があって、それが絡み合ってかたちを成していくんです。それなのに「安全そう」って理由で太い道ばっかり通ってても、そもそも安全とは限らないし、来た道は戻れないんですよ。

 

毎日が人生の岐路なら「とりあえず」はありえない

たしかに、「人生の岐路」って言うと、大げさに聞こえると思います。でも、本当にそうだと思うんですよ。

 

わたしは彼に風邪を移されて絶賛体調不良なので、今日はある程度で作業を切り上げて映画を見てのんびりしようと思います。

そこで、「それでも作業する」「映画を見る」っていう選択肢があります。人生の岐路です。

 

「それでも作業」して納品した結果、「すばやい対応ありがとうございます! 追加の依頼は可能ですか?」って声がかかるかもしれません。

「映画を見る」ことにしたら、その映画がすっごく感動的で、次の日創作意欲が爆発してサクサク書けちゃって、いい感じに仕事がはかどるかもしれません。

 

このふたつのちがいを、「些細なこと」だと思いますか?

わたしは思いません。

 

そこであたりを探ってみれば、「映画を見た後で作業する」「映画じゃなくてドラマにする」「おとなしく寝る」みたいな道もあるわけです。

 

「おとなしく寝る」という道は、うっそうとしていて、なんか薄暗くてイヤな予感がします。いま、やらなきゃいけないことがたくさんあるので。

 

でも思い切って進んでみたら、「今日休んだぶん、明日すごく元気になってる」こともありえるわけで、道が一気に明るくなるかもしれません。

 

そう考えれば、毎日の小さな選択肢はすべて、人生の岐路なんです。

 

そんななかで、ただ「安全そうだから」ととりあえず進んでみても、その先なにが起こるかはわかりません。罠が張ってあって、それこそ足元をすくわれるかもしれませんよ。

 

そういう考え方になれば、「とりあえず安全な道」ではなく、「自分がいいと思った道」に進んでいくのが必然です。

 

それでなにか言う人もいるだろうけど、あなたの人生の岐路には、あなたしか立っていません。同じ景色を見れる人もいないわけです。

 

だから「とりあえず」なんて言ってないで、自分が「これだ!」って思った道を進めばいいんです。

 

毎日が人生の岐路。そんな小さな選択で人生が変わっていくんです。

 

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