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ドイツ発 雨宮の迷走ニュース

ちょっと尖ってるらしいオピニオン系ブログ。海外生活やライフハック、その他ニュースなど。

立派に生きる人生はもう終わり。自由に生きてこそ人生が楽しくなる

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「立派な大人に」ってどんな大人でしょう。いい大学に入って、いい企業に入って、結婚して、子どもを作って、マイホームを買って……みたいな感じでしょうか。

 

でもそういう人生モデルって、すでに時代遅れですよね。学歴なんてたいした価値がないってバレちゃったし、終身雇用じゃないから家庭を築くのにも将来が不透明。マイホームを買うお金もない。

 

だからこそ、社会的に「立派」と言われる人生より、「自分らしい」と言われる人生に価値を見出されるようになってきたと思いませんか?

 

立派に生きる人生モデルは終わり

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いままでは、社会的に認められる人生が立派だとされていました。結婚はすべき、高学歴で定年までずっと同じ会社に勤めるべき、男は稼いで女は子育てすべき……みたいな価値観です。

 

でもいまの時代、そういう「立派な人生」というロールモデルは、時代錯誤です。現実的じゃないし、立派になったところで成功者になれるわけでもありませんから。

 

社会的ステータスで判断された時代

わたしは91年生まれ、今年25歳です。わたしの親世代だと、いま40代後半から60歳くらいでしょう。その世代の人たちにとって、社会的ステータスはとても大切なものです。

 

終身雇用の名残が残っているなかで、どの会社で働いているかは大切なステータス。女性は寿退社が一般的で、子どもを産んで育てることで社会的ステータスを得ていました。

 

だからこそそういう人たちは、「立派な大人」になるべきだと思っています。客観的に立派な人間、社会的に認められる人間に価値があるという考えです。男はいい会社でお金を稼いで家庭を支える。女は男を助けながら子どもを育て上げる。それが大切だとされていた時代でした。

 

立派に生きてても詰む時代

ですがバブルがはじけ、ゆとり教育なんかも導入されて、時代はどんどん変わっていきました。いまは転職だって当たり前だし、共働きしないと立ち行かない家庭も多い。必然的に子育ても共同作業となって、給料が上がらないからマイホームなんて夢のまた夢。

 

どっちの方がめぐまれてる、って話をしてもしょうがないけど、30年前に語られていた「立派な人生モデル」っていうのは、絵に描いた餅状態です。

 

いい大学に入っても奨学金という名の借金を背負う。一生懸命働いても、年功序列ではないので給料が上がらない。子どもがほしくても仕事を辞められない。そんな時代になっています。そう考えると、「立派に生きる」ことがどれだけバカげているかわかりますよね。

 

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自由に生きるという選択肢

立派に生きてる人は素直にすごいなって思うけど、最近「自分らしく生きたい」と考える若者が増えてきました。それも当然で、以前のように会社が死ぬまで面倒を見てくれるわけじゃありませんから、自分で考えないといけないんです。

 

昔みたいに、残業したらお金ももらえて、自動的に昇進できるわけじゃありません。それなら、会社にしがみつかず、どうやって生きていくべきなのかと考えるのはあたりまえです。

 

幸い、ネットで仕事ができる時代になったし、副業解禁の動きも出ています。「立派」な人生から、「自分で切り拓く」ライフスタイルが主軸になっていくでしょう。

 

自由に生きたいという思い

多くの若者が社会で消耗させられた結果、行きつくのは「自由に生きたい」という、人間としてあたりまえの欲求です。住む場所や出勤時間にとらわれず、家族制度にも頓着しない。自分の生き方を自分で決める、という生き方です。

 

そんなことを言うと、「自由(失笑)」というリアクションをする人がいますが、のびのびと生きたいと思うのは当たり前だと思います。ストレスはない方がいいもん。

 

だから田舎に移住してスローライフを送ったり、新卒だけどいきなりフリーランスになる人たちが話題になっています。つまり、社会的なロールモデルに縛られない生き方をする人たちが取り沙汰されているんです。

 

いままでだったら、「そんな甘くねぇぞ」という風潮でしたが、社会の風向きもずいぶん変わり、「フリーランス」「リモートワーク」「地方復興」「学生起業」なんてテーマの記事が散乱しています。

 

いままで社会的に立派な人間になるのが大切だったのに、いまや打って変わって、「自分らしく生きている人が立派だ」という論調になっています。

 

自由な人生は楽ではない

そう言うと必ずフリーランス叩きを生きがいにしている会社員が湧いてくるんですが、ちょっと待ってください。自由な人生を求めてるからって、楽をしたいわけじゃありません。

 

わたしがバイトを辞めたのが6月末なので、完全にフリーランスになって1ヶ月半。今月はクラウドワークスで稼げいでいるので、生計を立てるレベルなら余裕ですね。

 

でも毎日1万字は書いてるし、ブログもそれなりの頻度で更新しています。外部の執筆もしてます。翻訳もしてます。日本語の教師もしています。いろいろやってます。

 

働く時間や場所は自分で決めれるけど、全然楽じゃありません。手を抜いたら仕事はなくなるし、サボっても固定給をもらえるわけじゃありませんからね。収入が不安定なので、お金使うのも怖いです。

 

それでもわたしは時間や場所に縛られない自由な生き方に憧れました。でもそれは楽をしたいからじゃなくて、自分で自分の人生を決めたいからです。

 

自由な生き方=自分で責任を持つこと

いままでみたく、会社に入ったら全部面倒見てくれる時代は終わりました。だから、社会的ステータスに縛られない自由な生き方をしたい。それは当然の欲求です。時代の流れ。

 

でもそれは決して楽な選択ではなくて、むしろ自分ですべての責任を持たなくてはいけないという環境です。自分の人生は、自分で決めないと。

 

会社で働きたいなら働けばいい。フリーがいいならフリーになればいい。起業したいならすればいい。会社なしでは生きていけない、なんて生き方はむなしいだけです。いままでのように、会社に骨を埋める覚悟で仕事したって、会社が死ぬまで面倒みてくれるとは限りません。

 

会社員が悪いわけではなく、会社に固執しないと生きていけない生き方は、すでに詰んでいます。

 

自由に生きるという新しい選択肢

会社で働いていようが、フリーで働いていようが、誰しもが「自分らしく自由に生きたい」という欲求は持っているでしょう。だったら自由に生きればいいんです。

それは楽な道ではありません。が、意外にどうとでもなります。だって社会は、少しずつとはいえ変わってきてるんだから。思いのほか追い風ですよ。

 

いまの時代、社会的に立派な人生を送るというロールモデルは時代錯誤です。自分で人生を決められる時代になったんだから、自分がやりたいようにやればいいじゃない。会社は面倒見てくれませんよ。

 

いまはクラウドワークスでも稼げるし、パソコンひとつでビジネスできる。そんな時代になったのに、時代にあっていない「社会的に立派な人生」なんて古いです。

 

いくらでも選択肢があるんですから、そのなかで一番自分らしく生きれる道を選べばいいんです。自由に生きてこそ、人生は楽しくなるんですよ。

 

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