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ドイツ発 雨宮の迷走ニュース

ちょっと尖ってるらしいオピニオン系ブログ。海外生活やライフハック、その他ニュースなど。

「社会は甘くない」は意味不明。社会が厳しいんじゃなくて自分が甘いだけ

ライフハック
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「学生だけど起業します!」「新卒だけどフリーランスになります!」と高らかに宣言する若者たち。ええ、好きに生きればいいと思います。

 

で、そんなときに絶対に言われるのが、「社会は甘くない」という言葉。あーイヤだイヤだ。

 

社会の輪のなかで生きていくんだから、「社会はなんて厳しいんだ……」って思いながら生きててもしょうがないじゃん。「社会は甘くないぞ!」って脅してどうしたいんですか?

 

「社会は甘くない!」←大嫌い

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わたしはアドバイス自体がお節介だと思ってるわけですが、そのなかでもトップレベルに嫌いなのが「社会は甘くない」という言葉。

 

これほど根拠のないアドバイスがあったであろうか、いやない(漢詩風)。

っていうかアドバイスにもならないよね。ただの脅し。

 

社会ってどこを指してるの?

まず第一に疑問なのが、「社会」の定義。ぶっちゃけ、ただのあなたのまわりの世界ってだけの話じゃん?

 

あなたのまわりには、学生で起業に失敗した人たちがいたかもしれない。でも社会全体で見れば、成功してる人だっているわけですよ。

 

それなのに自分が知ってる世界だけを「社会」ってひとくくりにして、あまつさえ他人の人生に口を出すって何様なの?

ただの自分の経験談と自分の意見を、社会の総意として押し付けてるだけじゃん。

 

だからこの言葉には説得力がないんですね。だってあなたは別に、社会の代表じゃないですから。

 

自分が甘かっただけじゃない?

たしかに、就職氷河期にブチ当たった世代への社会の風は冷たかったでしょう。バブル崩壊後とかもそうだったでしょう。

でも、それが時流ってものです。みんな同じ条件です。だれか1人にだけ逆風が吹いているわけではありません。

 

自分じゃどうにもできない社会の大きな流れに文句言ってても、状況は変わりません。だったらそのなかでどうやったら一番自分らしく生きられるかを考えるべきじゃない?

 

わたしは、「まぁドイツでも仕事見つかるだろ。無理だったら大学行けばいいし」ってテンションで就活しました。

ちゃんとしたドイツ語、英語力を習得することもなく、就活でアピールできる能力を磨くこともしませんでした。

 

そしたら案の定、ドイツで仕事は見つかりませんでした。当たり前だよね、なんにもアピールポイントがないんだもん。

 

でもそれって、社会が厳しかったのかな? ただわたしが甘かっただけだよね?

 

「フリーランスの先輩として言うけど、社会はそんなに甘くないぞ」って、自分が社会を舐めてただけでしょ? だから現実を知って、「社会は甘くない、厳しいんだ」って思っただけなんじゃないですか?

 

それって、ただ自分が失敗しただけじゃない?

 

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「社会は甘くない」と脅す人たちへ

「社会は甘くないぞ」と脅すことによって、なにを得られるんでしょう。たぶん、「そんなぬるい考えは捨ててもっとよく考えたほうがいい」ってことなんでしょうね。

 

でも世の中って、やってみなければわからないことばっかりじゃないですか。

 

たしかに、大きな決断をする前にはよく考えるべきです。わたしもドイツに行くべきか、就職すべきか、フリーランスになるべきか、たくさん悩みました。

 

でもそこで「社会は甘くないぞ」と言われたら、ただ自信をなくすだけでなにも得られません。

やったら成功するかもしれないのに、その人のまわりの「社会」とやらに押されてその可能性を摘まれる。

 

「社会は甘くない」という人は、それを伝えることによってなにをしたいんですか?

 

「社会は甘くない」から、なに?

「俺はこういう苦労をした。社会は甘くないぞ」って言われても、「お疲れ様です」としか思いません。だからなんなんですか? 「やめとけ」って言いたいの? え、なんで??

 

「社会は甘くない」と言う人って、ただ自分が社会を舐めてて痛い目にあっただけなんじゃないですか。そんな個人的体験を「社会」全体の総意にされてもね。

 

「社会は甘くない」って、結局「自分は精一杯やったけど、社会がそれを受け入れてくれなかった」って責任転嫁してるようにしか思えないんです。

 

社会のなかで生きていくなら、それに適応するか、拒否して自分で社会を作るかどっちかにしないとムリですよね。

で、社会に適応できず、かといって新しい社会(ムーブメント)を興すこともできなかった人間が、「社会は甘くない」って言ってる。

 

ただの文句やんけ。

 

社会のみんなは捨てたもんじゃない

いまのところわたしは、「社会を作る人間たちのあたたかさは捨てたもんじゃない」と思ってます。

 

たしかに嫌いな人はいるし、理不尽なことを言われたりもする。でも、その何倍も優しい言葉をもらってます。

バセドウ病になったと書いたら、びっくりするほど多くの人に優しい声をかけてもらいました。

 

駆け出しのライターのわたしに対し、とてもよくしてくださっているクライアントの方もいらっしゃいます。昨日うれしいお仕事依頼もいただきましたし、今月からは単価を上げてもらえるお仕事もあります。

 

社会が厳しいこともあるかもしれない。でも、捨てたものじゃないと思いますよ。見てくれてる人は、ちゃんといます。

 

社会がまちがえている可能性もある

さらに言えば、その「社会」とやらがまちがえている可能性だってあるわけです。

 

昔は「女なんて黙って男についてくればいいんだよ。子ども産め、子ども」って風潮でした。でもそれは現代では、「まちがっている」価値観です。

社会的な「正しい」「正しくない」なんてのはすっごくあいまいで、流動的なんです。

 

社会の風がいくら厳しくても、10年後はその風潮が「まちがえてる」と判断されるかもしれないじゃないですか。共働きだって昔は考えられなかったんだから。

 

そう考えると「社会は甘くない」っていうのは、本当にただの個人的な体験談でしかありませんよね。

 

「社会は厳しい」と嘆いてもしょうがない

「社会は厳しい」「そんなに甘くない」と嘆いてもしょうがないです。なんの意味もありません。じゃあどうするの? そのなかでどうやって生きていくの?

 

この言葉を使う人は、「人生の先輩としてアドバイスしてやろう」って感覚なんだろうけど、わたしの人生はわたしが決めます。

そんな無責任でざっくりした根拠のないアドバイスなんて、クソの役にも立ちません。

 

あえて言うけど、「社会は意外と甘い」と思ってます。いや、「優しい」って言ったほうがいいかな。

 

経験なしのフリーランサーだけど、先月から本格的にはじめたクラウドワークスで1週間で3万稼いだし、その後も順調です。経験なしだけど日本語教師もやってます。

 

努力が報われるとは言わないけど、努力していることに気づいて、手を差し伸べてくれる人は絶対にいます。

それなのに「社会ってなんてつらいんだ……」って絶望しててもしょうがないでしょ。

 

「社会は厳しい!」と自分の甘さを棚に上げて文句言ってるより、「そんな社会で楽しむ!」「そんな社会を変える!」って気概があった方が、絶対人生楽しいよ。

 

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