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ドイツ発 雨宮の迷走ニュース

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日本の子育ては厳しすぎる!親になったら諦めることリストを作れば?

教育 日本について思うこと
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日本での子育ては、ぶっちゃけ苦行だと思います。わたし自身、まだ子どもはいませんが、日本で子育てしたいとは思いません。

 

理由はかんたんで、「親になったら○○は諦めろ」「親なんだから、子どものために○○しないのは当然」と言って、子育て世代を当然の顔をして追い詰める人が多いからです。

 

初詣ベビーカー自粛問題

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いまネットで注目を浴びている、「初詣ベビーカー自粛問題」。

 

 

これに関しての意見はだいたい3パターンあって、

 

1. 子どもを守るために、人ごみを避けるのが親として当然

2. ベビーカーを排除するんじゃなく、むしろ配慮してあげるべき

3. お互い助け合う、譲り合う気持ちを持てたらいいね

 

って感じです。『乗蓮寺 「ベビーカーご利用自粛のお願い」』にまとまってます。

 

ざっと見たところ、1の意見の人がかなり多いです。「赤ん坊がいるなら、混雑時を避けるのは当然」「抱っこしろ」「親のエゴで子どもを危険にさらすな」などなど……。

 

たしかに、ちがう時間帯や日にち、ちがうお寺に行けばいい話ではあります。どの意見が正しい、というのは人それぞれですが、少なくとも「そっちが我慢すれば良いだろ?」と平気な顔をして言える人が多い社会では、子育てしたくないです。

 

お寺の判断が正しいかそうじゃないかはさておき、こういう出来事の積み重ねが、「日本は子育てしづらい」って意識を植え付けていくのは、忘れないでほしいです。それに気づかない無意識の加害者たちが、「少子化問題!」とか騒いでるのは、滑稽です。

 

日本の子育ては我慢が第一に来る

「混雑時を外す」って、赤ん坊を連れて、朝4時や午後7時に初詣すればいいんですか。久しぶりに地元に帰省してても、三が日を外すべきなんですか。「ベビーカーOKのお寺に行け」って、自治体がそういった情報をまとめてくれてるんですか。それとも、片っ端から電話で確認しなきゃいけないんですか。

 

実際、混雑しているなかでのベビーカーの使用は、赤ちゃんにとって危険でもあると思うので、ひかえた方がいいとは思います。

 

でもそれなら、「じゃあそういった人たちが気持ちよく初詣に行くためには、なにが必要か」って方向に考えていくべきじゃないでしょうか。 

たとえば、ベビーカー置き場を作ったり、バリアフリーのお寺の情報を発信して、そこではベビーカー可にするとかさ。

 

そういった方向に持っていかず、「そっちが我慢すればいい」って考えは傲慢です。そんなこと言ったら、車椅子だって松葉杖だって白杖だって、ぜーんぶ「混雑の中では危ないから自粛」になっちゃうじゃないですか。

 

「当たり前」という押し付け

こういった子育て問題になると、必ず「ちょっと想像すれば危険だってわかるでしょ」「人の迷惑になることがわからないの?」といった、「親の想像力があればそんなことはしない」という意見が出ます。

 

でもこれって、経験しないとわからないことじゃないですか。

 

「お寺は階段や砂利が多いからベビーカーは向かない」って意見も多かったけど、わたしはそんなこと思い浮かびませんでした。階段も砂利も、わたしには障害にはならないので、思いつかなかったんです。

 

昔なら祖父母がアドバイスしてくれたり、預かったりしてくれたと思いますが、いまはちがいますからね。「親なら当たり前」って言っても、だれしもが親として経験豊富なわけじゃないですよ。

 

混んでいると予測されるところにはなるだけ子連れでいかない、ベビーカーを使わないという当たり前の発想ですね。それでも行かなければならない用事もあるので、そういうときのために、それまで使っていたあんまり折り畳めない三輪バギーから軽くて小さく畳める国産ベビーカーを外出用に買い、混雑する電車では子供を抱っこして畳んだベビーカーを手持ちして電車に乗る、電車に乗っている間はみんなも大変だろうから我慢する、という知恵や身のこなしにシフトするのです。

新年早々「初詣にベビーカー」論争から2017年の社会問題を占う(山本一郎) 

 

この「当たり前」は、わたしにとって「当たり前」ではないんですが、なにを持って「当たり前」なんでしょう。

 

子連れでお祭りとかに行っちゃダメなんですか? 10キロの1歳児を抱えてオムツやおもちゃ、食べ物が入ったバックを背負って、ベビーカー畳まないと電車に乗れないんですか? それが「当たり前」なんですか?

 

わたしにとっての「当たり前」は、「子育て中の人や赤ちゃんには優しくすること」なので、ちょっとわからないです。

 

ちなみに、国土交通省は「ベビーカーは電車やバスで畳む呼びかけはしない」と決めています。つまり、昔はベビーカーNGが「当たり前」だったけど、いまではOKというルールになっているんです。ベビーカーごと電車やバスに乗れる状態が「当たり前」になるべきなんじゃないでしょうか。

 

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親になったら諦めることリスト

こういう問題を目にするたび、「親になったら諦めることリスト」を作れば良いのに、って思います。

たとえば今回なら、

 

・親になったら、乳幼児を連れた三が日の初詣は諦めろ

・親になったら、混雑するまつりごとやイベントは諦めろ

 

って項目を作ればいいんです。

 

・産休・育休制度はあってもぶっちゃけ迷惑だから、キャリアは諦めろ

・保育園は空きがないから、子育て以外のことはとりあえず諦めろ

・バスや電車でベビーカーごと乗車することに批判的な人が多いから、諦めろ

・ベビーカーごとエレベーターに乗られると邪魔だから、エレベーターは諦めろ

・っていうかベビーカーはどこでもバッシングされるから、15キロ近くある3歳児でも抱っこすればいい話。ベビーカー使用は諦めろ

・親になるんなら親らしい格好をすべきだから、オシャレを諦めろ

・子どもを人に任せて飲み会に行くのはおかしいから、諦めろ

・子どもがちょっと泣いただけで迷惑になるから、病院などをのぞいて、公共の施設に行くことは諦めろ

 

こうやって、「親なんだから諦めるのが当然とされてるもの」を全部リスト化して、徹底的に周知すればいいんです。「当然」と思うんなら、「日本の子育て環境はこうなんです!」って胸張って言って、「親になるならこれは諦めろ!」と宣言しましょう。

 

「いや、それはさすがにどうなの」って言う人が多いと思いますが、実際の日本社会が強いていることを、文章にするだけです。そしたら、それに納得する人しか子どもを産まなくなるので、こういった問題はなくなるでしょう。

 

でもそんなことしたら、日本で子育てしたいっていう人はいなくなりますよね。「マナーを守れ」「親ならこれは諦めろ」という人は、つまりそういうことを要求してるんです。

 

それでいいんですか? 子育て世代に我慢を強いたところで、なにが良くなるんですか?

 

「赤ん坊がいる」前提の社会に

大多数の人は、ベビーカーを使いません。「ベビーカーを使わない」前提で人は考えてます。だから、「そっちが諦めろ」になるんです。子どもがどんどん減っていく社会だからこそ、「赤ん坊がいる」前提で考えていくことが大切なんじゃないでしょうか。

 

「赤ん坊がいる」前提の考え方になれば、「ベビーカーの人もいるだろうから、初詣しやすいお寺をピックアップして周知しよう」とか、「子どもは人ごみのなかでは危ないから、この時間帯だけ子連れの人を優先するスペースを作ってその時に来てもらおう」とか、そういった発想にいたりますよね。

 

それは子育てだけでなく、高齢者や障害者に対しても同じです。「そういう人もいるし、自分がそういう立場になることもある」って考えがあれば、「どうやったらみんなが生きやすくなるか」って考えになりません?

 

「我慢しろ、遠慮しろ」と言えば、一見穏便に済みますが、前進はしてないですよね。

「じゃあそういう人たちがどうやったら初詣できるか、しやすくなるのか」って方向に考えることが、子育てしやすい、ひいてはいろいろな人が生きやすい社会になるんじゃないかなーと思います。

 

保育園が必要だけど建設に反対された→「じゃあ我慢してもらおう」じゃ、なにも進歩してません。だったらベビーシッター制度を整備するなり、オフィスに託児所を設けるなりして、妥協点を見つけていかないと、子育て環境は変わりません。初詣でもなんでも、おなじことです。

 

※今日からはてブのコメント欄をオープンにしました。よろしければぜひ使ってみてくださいー!

 

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