「えげつないな……」というのが、小説『火の粉』を読んだ率直な感想です。背筋が凍る。ホラーとはまたちがった、サスペンスの怖さがあります。
年末年始にかけて「なんかおもしろい本ないかなー」と思っている人におススメ! 映画、ドラマ化もされた人気小説です。
小説『火の粉』あらすじ
裁判官だった梶間勲は、3人の殺害容疑をかけられていた武内に、無罪判決をくだした。その後は母親と息子夫婦ととも暮らし、平和な毎日を送っていた。その武内が、「偶然」となりに引っ越してくるまでは……。
武内は、介護や育児なども進んで手伝い、梶間家との関係を深めていく。優しく紳士的な武内を見て、「自分の無罪判決はまちがっていなかった」と確信を深める勲。だが梶間家の歯車が、武内という存在によって、少しずつ狂っていく。そして不可解な出来事が、一家を襲う――。
勲がくだした判決は正しかったのか? 武内は本当に無罪だったのか?
『火の粉』はこんな話です。彼の実家に帰るときに読もうと買ったのに、夜更かしして最後まで読み切ってしまいました。背筋がぞわりとする展開が続き、嫌な汗をかきながら、ページをめくる手が止まりませんでした。
『火の粉』の見どころ3ポイント
あらすじだけ書くと小難しそうな雰囲気なんですが、メインは心理描写です。疑心暗鬼になっていく、家族のリアルな心境を追っていくストーリーです。
特に「リアル……」と背筋が寒くなった、『火の粉』の怖おもしろポイントを3つ紹介します。
尋恵の介護という戦い
勲の妻、尋恵は、勲の母親の介護にあたっていました。義母はかなりひどい姑でした。それでも彼女は、「最期に『ありがとう』と言わせてやるんだ」と、これでもかってくらい献身的に介護します。
ですが、勲の無関心さ、義母の偉そうな態度、ネチネチと嫌味を言ってくる勲の姉などに追い詰められ、尋恵はついに体調を崩してしまいます。
そんなときに現れたのが、かつて夫が無罪判決をくだした男、武内。武内は尋恵に常に優しく、介護まで手伝ってくれるようになりました。
すっかり気を許す尋恵ですが、武内が義母の介護を手伝うようになってすぐ、義母は食事を喉に詰まらせて息を引き取ります。武内を信じきっている尋恵ですが、果たしてそれは「事故」なのか……。
義母の介護を強いられ、社会から孤立していく尋恵。介護問題もリアルすぎます。
雪見の母としての戦い
勲の息子の妻、つまり義理の娘にあたる雪見。雪見は引っ越してきた武内の愛犬、ドーベルマンに噛みつかれて怪我をしてしまいます。そして武内はその様子を見て、恐ろしい形相でドーベルマンを角材で殴り続けます。
それを見た雪見は武内に恐怖を覚えるも、普段はいたって温厚な武内。雪見の旦那や勲の妻、尋恵は、丁寧に謝罪してくる武内を許します。ですが雪見は、違和感を感じ、武内と距離を置きます。
雪見には娘(勲からしたら孫)のまどかがいました。雪見自身が虐待されて育ったため、自分は「完璧な母親」になろうと、まどかのしつけに心血を注いでいました。
ですが子育てはなかなか思うようにいかず、思わず手を上げるようになってしまいます。そして彼女の周囲には、常に不審な人影が……。「だれか」の思惑により、雪見は梶間家での居場所を失っていきます。
一体だれがそんなことを?なんの目的で? 雪見は疑心暗鬼になっていきます。
無罪になった男は、無罪だったのか
勲が無罪を言い渡した以上、武内は「無罪」です。むしろ武内は、「冤罪で人生をむちゃくちゃにされた被害者」ということになります。
ですが、武内が引っ越してきてから、梶間家は少しずつ歪んでいきます。雪見が武内の危険性を訴えても、まわりは「彼は無罪だったのよ。色眼鏡で見るのはやめなさい」と雪見を説得します。そう言われたら、それ以上の反論はできませんよね。
雪見のなかで、武内の疑念は少しずつ大きくなっていきます。ですが、武内を疑うということは、義父である勲の判決がまちがいであると言っているようなもの。だから武内を疑えない。梶間家は、武内という男を受け入れたことにより、がんじがらめになっていきます。
無罪判決を勝ち取った武内は、なんら罪を犯していなかったことになります。それでも、「やはりやっているんじゃないか」と思う人もいるし、逆に「偏見はよくない」と武内の悪い評判に耳をかさない人もいます。
「無罪だった男」と、どう付き合うべきなのか。そもそも、本当に無罪だったのか。裁判は「人が人を裁く」性質上、「完璧」はありえません。ですが勲が無罪判決をした以上、武内が犯人であってはならない……。
なにが真実なのか? 武内を中心として変わっていく梶間家の人々の心理描写がリアルで、あっという間に読み終わってしまいます。
小説『火の粉』の感想
いやーおもしろかった! 一気に読んじゃいました!
とにかく心理描写がリアルで、登場人物は本当に生きた人間の心を持っていますね。だからぐっと引き込まれるし、次が気になってページをめくっちゃう。
「身内が無罪だと判決をくだした、紳士の振る舞いをする怪しい男」がとなりに引っ越してきたら、どうするのが「正解」なのか。武内という男は一体なんなのか。
サスペンスは、読者を不安にさせたりハラハラさせたりするジャンルを言うそうで、『火の粉』はまさに「サスペンス」です。
凝ったトリックや、あっと驚くどんでん返しなどはありません。ですがだからこそリアルで、生々しい狂気の物語になっています。
最初はちょっとむずかしいかな?って思うかもしれませんが、基本的に法律用語などは出てこないので、読みやすいです。
年末年始、「本を読みたい!」と思っている方はぜひ読んでみてくださいねー!