島暮らしに憧れる雨宮です。実はかなりの「アンチ最先端」でして、「最新」「世界初」みたいな言葉に、まったく惹かれません。
わたしは最先端のテクノロジーよりも、不便を愛でたいんです。完成された便利よりも、未完成な不便が魅力的に思えます。
現代人は「不便」に飢えている
日本の技術は世界に誇れるものだそうで、日常にも便利なものが溢れています。ムダに新しいスマホを買う人や、電車の待ち合わせがないだけでイライラする人など、「便利を味わい尽くし、それを前提として生きている人」がたくさんいます。
でもそういった人は、本当に「最先端」がほしいんでしょうか?
新しいもの好き、計画通りに進めたい。そういった気持ちを、「便利さ」は叶えてくれます。でもそれが「なくてはならないもの」なのかと聞かれれば、そうじゃないと思うんですよ。
最先端テクノロジーvs.愛すべき不便
現代人は「どうしても不便を排除したい」んでしょうか? むしろ、「不便」に飢えて、あえて不便を欲してるように見えます。
A:ロボットのメイドが食事を作ってくれて、自動運転の車があり、パソコンを通じたビジネスで一儲けした生活
B:夫婦ふたりで畑の野菜を収穫して料理、公共交通機関はないけど近所の人と助け合って、その日暮らしをしている生活
さて、どちらが魅力的ですか?
「断然A!」っていう人もいるだろうけど、たぶん多くの人は、「B」って答えるんじゃないかな。わかりませんが。
だからこそ、「スローライフ」「田舎暮らし」「地方おこし」なんて言葉が飛び交っているんですよね。
あえて「不便」を楽しむ現代人
わざわざクッソ不便なド田舎に移住するのはなぜ?
ケーブルカーがあるのにハイキングする人がいるのはなぜ?
このご時世に寝台特急が復活したのはなぜ?
スマホがあるのに一眼レフに大金をつぎ込むのはなぜ?
思い通りに育たない花を育てるのはなぜ?
田舎よりも都会、ハイキングよりケーブルカー、寝台特急より飛行機、一眼レフよりスマホ、花を育てるより買う方が便利です。
それでも、「わざわざ不便を愛する人」がいるんです。わざわざお金を払って、時間をかけて、身体的な疲れを受け入れて、「不便」を買うんですよ。不思議じゃないですか?
多くの場合、作業を機械や他人に任せることで「便利」になります。そうすると人間は「弱くてもいい存在」になってしまうので、自分の存在意義を見失っちゃうと思うんです。
だからあえて、「自分がどれだけやれるか知りたい」と登山したり、「苦労する過程を楽しみたい」と花を育てるんじゃないかな。
なぜ「不便」を愛せるのか?
飛行機でヒュっと行くよりも、寝台特急で長時間の移動して、着いたときにもっと感動する。
ケーブルカーではなくハイキングすることによって、山の魅力を肌で感じて、たどり着いた達成感を味わう。
スマホの写真ではなく、一眼レフでいろいろと設定をいじって撮った写真に愛着を感じる。
不便さというのは、それを楽しみ、克服することによって、「なにかを成し遂げた」という実感を得られるものです。
達成感をもたらしてくれる「不便さ」は、むしろ「愛すべきもの」だと思うんですよね。
不便さがクリエイティブの入口
不便をどう克服するか、楽しむかっていうことは、独創性や創造性の入口になります。事実、多くの技術は「不便の解消」から生まれてるわけですし。
だから、なにかを生み出したいって思う人は、「愛すべき不便」を見つけるといいと思います。
ハイキングでもいいし、カメラでもいいし、島暮らしでもいい。「本来もっと都合のいいものがあるけど、それでも不便を選び、不便自体を楽しめる」もの。
不便な環境でも生き生きしている人は、「それをどうやって克服するか」を考えて、試して、克服したときの達成感が好きなんでしょうね。で、それは多くの現代人が欲している環境なんじゃないかな。
不便を受け入れれば寛容な社会に
世の中理不尽なことばっかりなわけで、自分じゃどうしようもないことなんてしょっちゅう起こります。
「望むままに」できる世界に生きてると、そういった理不尽を受け入れたくなくなっちゃうんですよね。「だれかなんとかしてよ」みたいな。
感謝の気持ちを忘れず、のんびりした時間で心の余裕を保って、相手を思いやる。
そういう美徳っていうのは、「ないことが前提」である不便さによって培われると思うんです。
不便な環境に身を置いていたら、小さなことでイライラしなくなります。イライラしても、ないものはないから。
最先端技術に囲まれてるより、不便な環境の方が、人間は寛容になるんじゃないかな。
愛すべき不便が人生を豊かにする
結局ね、人間は自力でなにかしてナンボのものなんですよ。「便利」は、人間の「達成感」を奪っちゃいます。
新しい技術、新しい商品。それが悪いわけじゃないです。ただ、最先端を追い求めるのと同じくらい、不便を愛でるのもいいんじゃないかな。
わざわざ苦労する。わざわざ時間をかける。わざわざ体を使う。よく考えればバカみたいですけど、みんなあえて「不便」なことをするのは、自分で達成感を味わいたいからだと思います。
自分に自信がない人、重いプレッシャーでしんどい人、何事もやる気が出ない人、気分転換したい人。そういった人は、新しいモノをいろいろと試すより、「愛すべき不便」を探すのがおすすめです。
というわけでわたしは、一眼レフカメラにはまってます。重いし高いし設定複雑だけど、だからこそ、その「不便さ」が楽しいです。