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ドイツ発 雨宮の迷走ニュース

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『天地明察』に感動!失敗しなければ、試行錯誤は無意味だ

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先日kindle買いました! で、いま小説『天地明察』を読んでいます。

 

『天地明察』には、試行錯誤の極意が書かれていました。全身全霊のまちがいは答えのひとつ。だからまちがいを犯すことに怯える必要はない。

 

いまなにかに挑戦している人。失敗が怖い人。そんな人に読んで欲しい小説です。

 

『天地明察』には試行錯誤の極意が書かれている!

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天地明察』は、第31回吉川英治文学新人賞、第7回本屋大賞を受賞した時代小説。暦を作成した天文学者、渋川春海を描いています

 

……っていうと小難しい歴史小説かと思いますが、そんなことはありません。軽快でとっつきやすい、それでいてワクワクする作品です。まだ全部読んでないけど!

 

「試行錯誤」のあるべき姿

春海は、算術バカ。本業は碁打ちですが、算術が大好き。そんな春海はある日、難問をたちどころに解いた男の存在を知ります。

自分が解けなかった問題を解いた「関」という男。その男の答えが正しいか、春海は試行錯誤しながら確かめます。

 

※引用時の太字は、わたしが入れています。 

誤謬もまた答えの一部である。誤謬が増えていけばいくほど、辿り着くべき正答の輪郭が浮かび上がってくる。(略)

だからこそ面白い。未知こそ自由だった。誤りすら可能性を作り出し、同じ誤りの中で堂々巡りをせぬ限り、一つの思考が、必ず、次の思考の道しるべとなる

 

「誤謬も答えの一部」っていうのに、すっごい感動したんです。

失敗を繰り返し、成功を導き出すのが試行錯誤。失敗は成功の元とはいえ、やっぱり「失敗」なわけです。で、失敗なんてものはだれもしたくない。

 

失敗=まちがった方法や結果。それなのに春海はそれすら「答えの一部」だと言って受け入れ、次につなげています。

 

試行錯誤って、まさにこういう姿勢ですよね。失敗すら織り込み済みで、失敗を受け入れてそれを下地にして積み上げていく。その頂上に「正解」があるから、下地となった失敗も「答えの一部」なわけです。

 

この考え方は、なにかの挑戦をする人に必要ですね。

 

人の失敗を受け入れる心意気

その関という男に、春海は勝負を挑みました。それは、春海がすべての力を使って作り上げた算術の問題を関に解いてもらうというものです。

 

さて関は解いてくれたか、と問題を預けた塾に行くも、そこには問題の横に「’」と「一」が書いているだけ。不思議に思うも、春海は自分の問題自体がまちがえていることに気づきます。つまり、答えが出ない、問題として成立しない問題を作ってしまったのです。

 

『無術』と記そうとしたが、そこで出題者である春海のことを慮った。(略)春海が設問を間違えて、答えがあると信じて出題していたとしたら、塾の真っ只中で春海を嘲笑することになる。だからあえて"無"の最初の二画だけで書くのをやめた。

 

自分の実力をひけらかしたいのであれば、堂々と「無術」と書けばいい。でも関はそれをしなかった。それどころか、「今まで見た中で一番好きな問題」だと言ったそうです。

 

関は、春海がどれだけ試行錯誤をしてこの問題を練り上げたのかわかったのでしょう。だから春海の失敗をあげつらうことをせず、そっと正そうと道しるべだけを書いた。なんて粋なんだ!

 

成功したからこそ、そのためにした失敗が評価される。それならわかります。

でも、他人の失敗自体を評価するってあんまりないじゃないですか。みんな偉そうに説教する。そして勝手に解決策を授けてくる。それじゃ試行錯誤にならない。

 

試行錯誤っていうのは、こうやって失敗を受け入れてくれる人がいるからできるんですよね。18歳で起業は無謀と言って炎上させたり、フリーランスを叩いてる会社員がたくさんいたら、試行錯誤なんて怖くてやりたくなくなります。突き抜けるのはなかなか難しい。

 

だからこそ、他人の失敗を受け入れる姿勢を持ちたいし、持つべきだと思う。

 

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失敗を奨励するから試行錯誤できる

全国の北極星を観測する命が下り、全国を旅することになった春海。夜、星が出ては観測し、記録する毎日。観測を仕切る建部と伊藤は、北極星の出る緯度と経度を計算し、どっちが当てられるかとワイワイやっていました。

 

もちろん、当時の器具と計算だけで正確に当てるなんてほとんど奇跡のようなものです。それでも建部と伊藤は、春海にも「計算してみろ」とけしかけます。

 

「し、しかし、私では、術式でも答えでも誤りを犯すだけで……」

「それは良い。全霊を尽くして誤答を出すがいい

「そうですそうです。遠慮なく外してください」

建部と伊藤が次々に言った。(略)寒い冬の日に火鉢を抱いたような暖かさを感じた。

 

これ、すっごいわかるんです。まちがえるってわかってるんだから、やりたくない。それでも2人は「やってみろ」と言って、春海はその2人の心意気に答えるかたちで自分の答えを出します。

 

こうやって、「全力で失敗してみろ!」と言ってくれる人って、なかなかいませんよね。でもそういう人がいるから挑戦しようという気持ちになる。

 

ドイツへ来るとき、「とりあえず3年働いてからにすれば?」「向こうでどうするの?」とかって色々言われました。でも両親が、「行ってみて、ダメなら戻ってくればいい」と言ってくれたんです。だから挑戦できた。

 

失敗って、そんなに悪いことじゃないですよね。どんどん失敗していけばいいし、ほかの人の失敗もバカにしたくない。そう強く感じました。

 

全身全霊の試行錯誤を評価する姿勢

その建部と伊藤は、春海が誤問を作った話を聞いて、見せろ見せろとねだります。もちろん春海は恥の上塗りは避けたいのですが、2人の押しに負けて問題を披露しました。

 

そのときの2人のリアクションに、すごく感動したんです。

 

「うむ、見事な誤問よ」

「実にお見事な誤謬でございますな」

などと建部も伊藤も目を輝かせ、嬉々として争うように薄暗い灯りの中で春海の誤問を書き写すのだからたまったものではない。(略)

「これ、算哲。お主は実に良い学び方をしておるぞ。この誤問がそう言っておるわ」

「羨ましい限りでございますねえ。精魂を打ち込んで誤謬を為したのですからねえ」

 

なんだこれ、こんなことを言ってくれる人に出会ったことはないぞ!

失敗したら、「ここがまちがってた」「がんばったけど残念ねぇ」って雰囲気になるのがふつう。それなのに2人は、「立派な失敗だ」と褒めるわけです。

 

こういう人がいてくれるだけで、どれだけ救われるんだろう。そして、他人がいくら「失敗だ」と言おうと、自分のなかで価値のあるまちがいなら、それでいいじゃないか。試行錯誤って、こういうことなんだなーと痛感。

 

 

試行錯誤を恐れていませんか?

最近、全力で失敗したのはいつですか?

 

全力で失敗するということは、全力で取り組んだということです。まわりは「ざまあw」とか、「やっぱり言ったとおり失敗したじゃん」とか言ってくるかもしれません。

それでも失敗は答えの一部であり、立派な失敗は認められるべきなんです。

 

もちろん、「だれかに褒めてもらうために失敗しろ」なんて言いません。でもこの本を読んで、「こういう考え方があるんだ」とすごく感動したんです。

だってみんな、「失敗しないようにがんばれ」って言うんだもん。だから試行錯誤が怖くなる。

 

でもそれは、試行錯誤の本当の姿じゃないんですね。

 

試行錯誤っていうのは、全力で失敗して、それを受け入れて積み重ねていく。失敗しないように試すんじゃなくて、失敗しても受け入れて試していく。だから失敗も答えの一部。

 

わたしは基本的に、安全な道をとりたいタイプです。フリーランスになりました! って言ってもクラウドワークスで最低限の収入を確保してるし、ドイツに来るときも上手く行かなかった時のプランをいくつか考えていたタイプです。

 

試行錯誤はリスクだと思っていました。だから失敗しない道をさがしていた。

でもそれだと、なにも成長しません。まちがえなければ、まちがいを正せる機会をも失うんですから。

 

これを読んで、強烈に「失敗するリスクがあってもぶつかってみたい!」という情熱がわきあがってきました。こういうメラメラ感は本当に久しぶり。

 

もしあなたが何かに挑戦したい、失敗が怖くて踏み出せないのであれば、『天地明察』は超おススメです。

 

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