ザ・無能の雨宮です、こんにちわ!
わたしはブログで散々偉そうなことを書いていますが、社会的な能力に関していえば下の中くらいです。居酒屋バイトですらそこそこ無能でした。
だからわたしは、あえて声に出して言いたいんです。「がんばればできるという幻想なんて捨てろ!」。
「がんばればできる」という美しい幻想
わたしは以前から「がんばればできる」という美しい努力信者に対して、「努力の強制は人を追い詰めるぞ」と反論してきました。
でも一方で、「努力を認めてもらえなければ判断基準は結果だけになる。そっちの方がキツイのでは?」という意見をいただくこともありました。
いやいや、ちがうよ。ちがうのよ。
問題は、「どれくらい努力するか」を基準に根性論を押し付けることなんですよ。「どこでどんなふうに努力するか」についてたいして考えてないことなんですよ。
出来ない人間はちゃんと切り捨てるべし
言い方は悪いけど、がんばっても出来ないヤツっているんですよ、実際。
わたしは数学と歴史を同じ時間勉強しても、数学は平均点以下、歴史は学年トップだったりしました。
日常生活ですら超・注意散漫なので、仕事場でもしょっちゅうやらかしてました。めちゃくちゃ気をつけて、やることをすべてメモに書いて、できるかぎり頑張っても、わたしは無能でした。
だから、出来ない人間には「がんばれば出来る」なんて言わずに、「お前には向いてないよ」「昇進はしないだろうけどできる範囲でやればいい」って切り捨てることも大事だと思うんですよね。
見放すって意味じゃなくて、相手に無意味な負担をかけないために見切りをつけるっていう意味で。
「だれだって出来る」というスタート地点がまちがい
そもそも、「がんばれば誰だってある程度できるようになる」っていうのが幻想なんですよ。そんなこたぁない。
ド底辺が平均くらいにはいくかもしれないけど、だったら出来ることを伸ばした方がよくない?
日本の努力神話は「だれだって頑張ればできる」をスタート地点にしてるから人を追い詰める。頑張ってもできない人、頑張れない人、ほかの分野で頑張るべき人がいることを無視して、とにかくやれ!やればできる!っていうのは無責任すぎる。「みんなできるはずだ」が幻想だっていうことに気づいてほしい
— 雨宮@フリーライター (@amamiya9901) 2017年9月3日
心身の問題で、「がんばれる範囲」が狭い人だっているじゃないですか。だったら他人がどうこう言うより、その人が自分のペースでやれるだけやればいいんですよ。
根本から向いていないのであれば、「ちがう方面でがんばれば?」って引導わたしてやるのも優しさじゃないですか。
それでも上を目指したい人は自分で努力していけばいいわけで、他人が「お前だってがんばれば出来るんだ!」って期待する意味がわかりません。よっぽどの恩師とかなら別だけど。
お前がわたしのなにを知ってるんだよ、と。結果が出なければ面倒見てくれるのかよ、と。
無能だって「適所」はあるはずだ
居酒屋バイトですら無能だったわたしですが、人間なにかしら平均以上の能力を持っている分野があるはずです。
世の中には数え切れない働き方・生き方があるんだから、「向いてるものがなにもない!」なんて人間はいないですよね。
ってことは、無能なわたしにもどこかに「適所」があるわけで、居酒屋で働き続けるよりも、その「適所」でがんばる方が絶対にいいです。
わたしの場合、「適所」だと思う分野が「文章」だったわけですけど。
努力することを軽視するわけじゃありません。ただ、「その場で努力し続ける」前提なのはちょっとどうなのかなぁと。
「努力すればだれだって成長できる」っていうのもただの精神論じゃないのかなぁと。
努力することを前提としつつも、「どこで」努力するかを慎重に考えてから「がんばる・がんばらない」の話をする方が生産的ですよね。
「その場でがんばる」ってのも大事だけど、「そもそも自分ががんばるべき場所、ペース、分野はどこなんだ?」って適所を探すことにもうちょっと労力を使うべきだと思います。
「がんばる」場所をよく考えて我が道を行け
何度も言いますが、わたしは居酒屋バイトですら結構ギリギリくらいの無能です。なんかわかんないけど、とにかく仕事ができないんです。
企業のなかで生きていたら、どこに出しても恥ずかしくない役立たずです。
それでも必死になれば、まぁ平均くらいの能力は得られるでしょう。
でもそれって、わたしや周りのためになるのかな?とも思うわけです。
企業勤めに向いてないってわかってんだから、それ以外の道をさがして、たとえばフリーランスでがんばった方が、自分としてもいいんじゃない?
「がんばればできる」なんてのはキレイゴトです。わたしみたいにがんばってできない無能もいるし、がんばりすぎると即メンタルやられる人もいます。
「がんばる」リソースだって無限じゃない。どうせがんばるんなら、「どこでがんばるか」をちゃんと考えて、無能ならなおさら自分の道を模索した方がいいです。
有能ならどの分野でも努力すれば平均以上の結果を出せるけど、無能にはそんなことムリだから。
だからわたしは、自分が努力すべき場所や分野についてよく考えて、そのなかでがんばっていこーと思います!